Hello with good-bye MJ

マイケル・ジャクソンを思いっきり愛するブログです。妄想多々あり。


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Michael as a dancer(3)

ラスト。パート2はこちら
注:今回紹介する部分には、マイケルの整形、肌の白さ、子供に対するマイケルの思いをおそらくあまり知識のないまま語られているところがあります。もうすでに知っている方も多数おられるとは思いますが、肌の白さは病気のせいですし、整形は自身で認めてはいますが世間で噂されるほどの回数ではない事、子供に対する思いは、私なんかでは語れないほど深い思いでマイケルは愛していたと思います。そのことを踏まえたうえでお読みください。
上記の内容のこともあって、記事にしようか迷いましたが、このお二人が心底マイケルを誤解の目で見ていないこと、こんなにマイケルの純粋な心がダンスを通じて伝わっている方にも誤った認識が浸透していること、その現実を知っていただく意味でも記事にしようと思いました。

前置きが長くなりましたが、やたらセックスアピールとか官能的とか出てきて、変な虫(笑)が寄ってこないかすこし心配です(゚ー゚;

* * * * * * * * * * * *

舞踊の本質は両性具有

三浦:「もうひとつマイケルのフットワークで決定的だと思うのは、彼がトウ(爪先)で立ったことです。最初はドゥミ・ポアント(爪先立ち一歩手前)だったのが、最後の決めの瞬間にはドゥミ・ポアントから完全なつま先立ちになる。その瞬間がくっきりと頭に刻まれるんです。セクシーということに関して言えば、あの腰さばきは官能的というよりもむしろワイセツに見えてしまうくらいですよね。」

名倉:「ええ、それを意識していますね。まず手の位置。手を股に当てて腰を振るというのは完全なセックスアピールですよ。」

三浦:「1959年にベジャール(バレエ振付家)が『春の祭典』を作って、全裸としか見えないレオタードを着せて露骨に性行為そのものを形象化した。同じころジャズダンスにボブ・フォッシー(ミュージカル等の振付師)が登場してエロティシズム革命を引き起こしたわけです。もちろんその前にプレスリーがいるわけだけれど。腰の動きということで言えば、プレスリーだって関係あるのかもしれない。」

名倉:「そうですね。プレスリーも腰の動きで女の人をキャーッと言わせるようなところがあった。プレスリー、それにジェームズ・ブラウンですね。」

三浦:「黒人的なものを取り入れたプレスリーがいかに天才的だったかということですが、それに対応してフォッシーが、ワイセツなものを全面的に打ち出しながらも、しかしアートであるという舞台を作った。1960年代から70年代にかけて、マイケルが育った過程というのはその状況抜きには考えられないんじゃないか。」

名倉:「そうですね。おそらくマイケル自身、そうした動きに関して違和感がなかった。いかがわしいというよりも、むしろ格好よかったんじゃないでしょうか。ジェームズ・ブラウンが腰をうねらせているところは、彼の目には素敵に見えたんだと思いますよ。」

三浦:「あそこまで腰を動かすというのはちょっと異常ですよね。」

名倉:「手を真ん中に当てて腰を前後に動かすという振りはマイケルにたくさんありますね。だけど彼がやるといかがわしさよりも格好よさのほうに行きますものね。」

三浦:「本当にすれすれのところで先端を切って走ってきた。そうやってそれまでワイセツだったものを解禁していくことができた理由のひとつに、やはり彼の両性具有も関係ある気がする。だから許されたというか。」

名倉:「そうだと思う。生々しくないんですね。」

三浦:「ええ。その後彼が整形してどんどん色を白くしていったのもその両性具有を強調していくためだったという感じがします。」

名倉:「本当に男性的だったらいやらしさにつながっていくんだけれども、それがどこか美に傾いていることで許されていたんでしょうね。」

三浦:「そう思います。同時に彼は自分には幼年時代がなかったと告白していて、子供を理想化するところがあった。つまりセックスを超越する両性具有性と同時に、子供に自己同一化するところがあった。それがなければ、言ってしまえば中年男のセックスアピール。でも、全然そうは見えない。」

名倉:「そうは見えないし、すごく純粋な部分が彼からは感じられる。いろいろな悪い噂は本当は嘘だったんじゃないかと思わせる何かが彼にはありませんか。」

三浦:「ありますよ。あのピュアな感じはちょっとモーツァルトを思わせる。で、名倉さんにぜひ確かめたいのは、ダンスには両性具有性がもともとあると思いませんか。」

名倉:「絶対にあると思います。バレエでもどんな踊りでもセックスアピールのない踊りって面白くない。」

三浦:「ジョルジュ・ドン(バレエダンサー)にしてもルジマートフ(〃)にしても、マラーホフ(〃)にしても、ものすごく女性的だと思わせる瞬間がある。ぼくは両性具有性というのは舞踊の本質だと思う。そういう意味で言えば、マイケルのダンスは舞踊の本質ですよね。女性性と男性性をものすごい速度で入れ替えながら見せていくというのが舞踊の快楽のひとつじゃないかという気がする。」

名倉:「たとえばマイケルがパッとポーズを決めたとき、腰から下は男、でも上半身のニュアンスは男臭いというよりは――」

三浦:「言ってみれば少年っぽいというか、セックスと全然無関係な感じ。」

名倉:「そのミックスされた素敵さというのかな。私たちはセクシーじゃないものにはとにかく惹かれませんから。」

三浦:「そうですね。バレエはセクシーです。確実にエロティックです。人間の身体がもともとそういうものなのだから当然です。身体の芸術である以上、官能的じゃなきゃだめですよ。音楽も同じ。文字だって文体のリズムが官能性を感じさせないものはだめです。」

「スリラー」は「ジゼル」である

三浦:「バレエファンは知っていると思いますが、マイケルのベストセラー『スリラー』というのは『ジゼル(バレエ全幕作品)』ですね。『ジゼル』の二幕に出てくるウィリというのはゾンビのことです。」

名倉:「本質はそうですよね。死んだ人たちが蘇ってくる。」

三浦:「もともと人間には、死んだ人が蘇ってきたら怖いという思いと、死んだ人に蘇ってほしいという思いとの両方がある。舞踊にはその思いが結晶化しているんですね。ですから、舞踊の根本はあの世に関わることです。人間の身体は必ず死ぬけれども、名倉さんなら名倉さんが踊っている、その踊っている現在というのは永遠なんです。その名倉さんの踊りの格好よさをお弟子さんがどれだけ吸収していくか。言ってみれば、「君は名倉さんの再来だよ」と言われて残っていくのが、名倉さんの魂なんですね。だから、舞踊というのはいつでも永遠につながっている。でもその一方で、身体がやがて動かなくなって死んでしまうということでは大地に属している。この二つは踊る身体のなかにいつも一緒にある。ですから、古今東西、舞踊の中にお化けが出てくるのは当然なんです。お能にしても夢幻能には必ずお化けが出てくる。『ジゼル』も『ラ・シルフィード(バレエ全幕作品)』も、『白鳥の湖(バレエ全幕作品)』も、まったく同じです。『スリラー』というのはその本質を体現していると思う。」

名倉:「作った人は全然そこまで考えていないかもしれない。(笑)」

三浦:「考えていないからこそ面白いんです。何を作ろうかとマイケルが一所懸命考えたときに、舞踊の始原的なものに達してしまったということになるからです。この世のことだけでやってしまったら普通のテレビドラマになってしまうだけです。舞踊である以上はどんなかたちであれこの世ならざるものに関わるということを発見した。マイケルはミュージックビデオの作り方が非常に賢いですよ。」

名倉:「なるほどね。そこまで深く結びつけては考えていませんでした。」

三浦:「お父さんとお母さんがいて、そのまたお父さんお母さんがいて、みんな死んでしまっても、彼らがあって今ぼくらがこの世に自分の体を持って生きている。それは日常生活のなかではあまり考えることがないけれども、ものすごく重大なことです。名倉さんの流儀―踊りだけじゃなくて生き方も――それが思い出されるときというのはいつも現在として残っていくわけですよ。それが永遠ということ。で、踊りというものはそこにいちばん露骨に関わっているんですよ。」

名倉:「ああ、それは本当によくわかります。」

三浦:「そのことに関してマイケルは頭が良かったんだと思う。だからあれほど自分の顔、身体というものに知らないうちにこだわってしまった。」

名倉:「そうですね。その知らないうちにというのが正解だと思いますよ。」

三浦:「知らないうちにこだわるというのが天才的だということだと思う。」

名倉:「天才という便利な言葉があるからそれで片付けられちゃうんだけれども、マイケルを他の言葉で表そうとしても言葉が見つからないですものね。」

三浦:「やはり人間離れしているとでもいうほかない。でも、先ほどおっしゃったピュアというのは、人間離れという意味じゃなくてむしろ人間らしいということでしょう。」

名倉:「そうですね。人間が純粋な部分を持ち続けることは難しいけれど、彼の場合はそうせざるを得なかった。そこに逃げ込むしかなかったと思う。彼は偽善的という感じがしないんですね。五歳から父親に叩かれながら芸を身に付けてきたというのは、私たちの生きざまとはまるで違う。ちょっと想像しがたいですよね。」

三浦:「たぶんものすごく優秀な伝記の書き手が現れたとき、本当に語られなくてはならないのはそこでしょうね。」

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ジゼル第2幕のウィリたち
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中年男とはまったく見れないマイコー
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プロフィール

チャー

Author:チャー
当ブログは、チャーが管理するマイケル・ジャクソンファンブログです。
知れば知るほど、マイケルの魅力、素晴らしさにあわあわウホウホしている毎日です。
生前は知ろうとしなかった分、精一杯マイケルを知って愛していこうと思っています。マイケル関連のイラスト、マンガをうpしてます。全体的に妄想多し。妄想系が苦手な方は広い心で見逃してやってください。
その他ときおりクラシックバレエ関連も。

リンクフリー。報告は任意です。

《チャー》
北海道在住の20代女。精神年齢は一桁。
最近、マイコーのお嫁さんになることを夢見続ける決心をしました。
好きな言葉はマイケルが言う「I Love You」。

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